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ガラス工房[6]


飛鳥時代に、日本で作られていたガラス製品ははとんど玉だけだったといっていい位だろう。玉以外の製品としては、正倉院に残された魚形や物差形の垂げ飾り、佩の仲間や、巻物の軸の両端の飾り、そして奈良県御坊山の筆の軸がある。あとは寺院の塔の地下に納められた、釈迦の遺骨(仏舎利)を入れる小形のガラス壺が、作られた可能性がある位で、種類も限られているし、量の上からいえば、玉に較べると、徴々たるものとしかいいようがない。

ガラス玉
この工房の主な製品も、ガラス玉だったに違いない。そして玉造りに関わる遺物としては、3片のガラス玉の鋳型が見つかっている。ガラス玉の作り方としては、おおざっばに分けて、3つの技法があった。

ガラス遺物 (a)鋳型に流す。飛鳥池の鋳型の小孔の中には、ガラスが固って残っているものがあり、これがガラス玉の鋳型として使われたことは疑いようがない。このような鋳型は5世紀の布留遺跡に始まって、奈良時代の平城京の跡でも見つかっている。古代日本で長い間、広く用いられていたやり方で、径5mmから8mm前後のガラス玉のほとんどは、この鋳型を使って作られたものだろう。

鋳形は、小さな粘土の塊を板で叩きしめながらのばして、長径10cm、厚さ1cm前後の、小判形といっていいような粘土板。粘土が、やわらかいうちに、径4mm〜8mm程の、半球形の窪みを、片面いっぱいにおしつける。それぞれの窪みの中央には、径1mm以下の、針金で突いたような細く深い穴を開け、これを乾かして焼き上げたもの。

糸通し穴
ガラスを流し込む前に、窪み中央の細い穴に、水で溶いた粘土をつけた、針金のようなものを立て並べて、ガラス玉に糸通しの孔が残っているようにする。

坩堝で熔かしたガラスを、金属線の先につけて一摘づつ、この鋳型の滴下して固める。佐竹ガラスに無理をお願いして、特別に小坩堝にガラスを熔かしてこの実験をしていただいた。

坩堝からガラスを、とりべに取って、とりべから、鋳型の小さな窪みに、一滴づつのガラスを落すことが不可能なことは、すぐわかった。すると、坩堝に直接針金をつっこんで、ガラスをおとすしか方法はない。今回の実験では、坩堝から鋳型までの距離が遠すぎて、針金につけたガラスが、外気に触れて、固り始めてしまい、期待していたほど簡単に窪みにガラスをしたたらすことが出来なかった。

古代の工房では、炭火で熱した坩堝のすぐ脇に、鋳型も熱くなるような形で置いて、ガラスを一滴づつ落したのだろう。そう考えると、普通ではガラスの入りこむことのない、1mm以下の小穴にまで、ガラスが流れ込んで残った遺物の説明もつく。あるいは、炉の上に小形のカマクラのような蔽いをつくり、この熱い小部屋の中で、作業をおこなっていたのかも知れない。この方法は、1000℃を超える高温を必要とするが、何百年もうけ継がれた鋳型でのガラス玉作りは、古代の工人にとって、効率もよく、割合簡単なやり方だったのに違いない。

巻き玉
(b)巻き玉 現在のガラス玉工房で、見学したやり方。ガラス素材を炎にかざしてやわらかくし、これを粘土で被覆した、金属線に巻き付ける。正倉院のガラス玉の場合には、糸通し孔の内側に残った成分から、鋼の針金が使われたことが分かる。

灯油ランプやガスバーナーなど、とり扱い易い炎を作る装置のなかった古代の工房では、炭火の炉の止に、円錐の小形煙筒をつけるなどの工夫をして、高温から手を保護していたのだろう。

露玉・トンボ玉
この巻き玉の変形が、針金の先端にガラスを巻さ取る露玉になる。巻き玉に手を加えれば、別の色ガラスをとかしつけたり、糸状に巻きつけたりするトンボ玉になる。大阪府、阿武山占墳の玉枕に使われた巻き玉には、直径3cmをこえる大きなものがあって、古代のガラス工人の腕の良さを示している。

栗玉
(c)細いガラス管を切る。例えば、飛鳥寺の塔跡に埋っていたガラス玉の内には、計2mm以下の、粟玉と呼ばれる円筒形をした玉がある。これは上に述べた(a)、(b)どちらの方法でも作るのが大変に難しい。粟玉は、吹玉といわれる中空の小玉か、あるいは、まき玉の手法で作った管玉を、熱い状態で、どんどん引さ伸ばして、細い細いチューブを作り、これを冷し固めた後に裁断して作った。細かく裁断してから、ゆっくり炭火で焙って角を取っているが、両端はきれいな平面にならず、弓なりに曲って、析り取った証拠を残している。(a)の方法の鋳型以外は、後に明確な証拠となるような道具を残すことがない。もう一方の大切な証拠である製品の玉が、見つかっていない飛鳥工房で、(b)の巻き玉や、(c)のガラス細管の切断が、おこなわれていたのかどうかは、読者の想像に任せるとしよう。


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