飛天
飛天の誕生
ヘレニズム文化

ガンダーラの飛天
図13 ガンダーラの飛天


ガンダーラの飛天
図14 ガンダーラの飛天


マトゥーラの飛天
図15 マトゥーラの飛天


ガンダーラ三尊仏
図16 ガンダーラ三尊仏


北魏三尊仏
図17 北魏三尊仏


川原寺專仏
図18 川原寺專仏


ローラン文書
図19 ローラン文書


キジル壁画
図20 キジル壁画


キジル壁画
図21 キジル壁画


西方ではローマがその版図を広げ、ペルシャを占領したスキタイ系遊牧民のパルティアと境を接し、東方では強大な漢帝国が長城の西に点在するオアシス都市を勢力下においていった時期、東西の通商ルートに楔を打ち込むような形でクシャン人が国を造る。アラル海に注ぐオクス河流域からインダス河河口まで、まさに東西文化の接する一帯を領土としたこの王国の時代、紀元1世紀から2世紀頃にインドの仏教美術は新しい段階を迎えることになる。

この段階になって人間の形で表現されるようになった仏陀を称えるように、像の上に飛天がくっきりと定形化した姿を現してくる。この時期インド北部の仏教美術には2つの明らかに異なった流れが認められる。1つはインダス河の上流、現在のペシャワール付近を中心とするガンダーラ、もう一つは中インド北部中央付近のマトゥーラを中心とする動きである。

ガンダーラで作られた仏教彫刻の形式がこの地域に根深く残っていたヘレニズム文化の強い影響下に成立したことは多くの歴史家が様々の証拠を挙げて説明している。最初の仏陀の像がギリシャ彫刻のアポロン像を手本としていること。仏陀の同行者ヴィジュラパーニが時にはゼウスの似姿で、又時にはヘラクレスの姿で表されるなど、その例はいくらでもあるが、この地で刻まれた飛天もこの例に加えていいだろう。

図13がガンダーラの飛天の代表的な例だがこれが背中に翼のある男の子だということはまぎれもない。すでに述べたガンダーラ美術とへレニズムの強いつながりを考えてみれば、これが、もともとは美の女神アフロディテの息子エロス(クピド)のイメージだったというのは決して無理なこしつけではあるまい。

本来ギリシャ神話中の神だったエロスのイメージは、この頃から天使の姿となってあちこちで大活躍をするようになる。中央の花輪をはさんで左右対称の形で空を飛ぶ2人の天使は、神格化されたローマの皇帝の栄誉をたたえ、リビアの貴人の墓を守る役目を引き受け、キリスト教にも就職して、神や聖人に仕える。

インドの古代の神が仏陀を称える役割を果すことになった時に、その姿を刻もうとしたガンダーラの工人達が思い浮べたのも、この2人組の天使達の姿だったようだ。ガンダーラでも翼のない飛天が刻まれているが、翼を持つ例の方が主流といえる。

このカンダーラの新しい表現の風潮に呼応するかのように中インド北部のマトゥーラ地方の彫刻家達も人の姿をとった仏像を作り始め、その仏像を飛天で飾った。図15にマトゥーラの飛天をのせる。マトゥーラの職人達や、仏像の発注主がガンダーラ地方の消息に全く無関心だった筈はないのだろうが、ここで飛天が与えられた姿は翼を持たず、ショールをひるがえして空中を駆ける、インド土着の自然な精霊の形だった。

図16〜図18にガンダーラの三尊仏、中国北魏(4世紀)の三尊仏そして飛鳥時代(7世紀)日本の三尊仏を並べてみた。ガンダーラで構想された一つの図式の原則がいかに忠実に伝えられ受継がれてきたかは一目瞭然だろう。しかし、よく注意して飛天を観察すると、中国に受入れられ、日本にたどりついているのは翼を持ったガンダーラの飛天ではなく、天衣をひるがえすマトゥーラ生まれの飛天の末裔だったことが分る。

紀元前後には仏教はクシャン王国の図版を、中央アジアヘと広まり、東のシルクロード沿いの多くのオアシス国家へと伝えられていく。

図19は樓蘭から出土した、紀元3世紀後半から4世紀頃の文書である。文書中に僧導香、亀滋(キジル)の文字が読みとれ、シルクロードに沿っての中国人の活動や仏教との関わりを暗示する貴重な直接資料とされている。中央アジアの仏教遺跡の飛天には、この文書に見えるキジルの石窟寺院の壁画からも分るように、翼のあるものもあればショールをまとった無翼の姿もある。キジルよりはずっと中国に近い木蘭(ミーラン)出土の例のように、直接キリスト教の天使の像をひき写した飛天も決して珍しくはない。


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