飛鳥資料館/飛鳥の宮/水落遺跡



水落遺跡
水落遺跡


水落遺跡と水時計の模型
水落遺跡と水時計の模型



水時計建物の内部(絵・穂積和夫)


水時計

日本書紀によれば、斉明6年(660年)5月「皇太子が初め漏れ剋を造り、人々に時刻を知らせた。」とある。水落遺跡が後の天智天皇、中大兄皇子がわが国で初めて造らせた水時計の跡にあたる。周囲に貼石を巡らせた基壇を設け、地中に礎石を埋め込みその上に堀立て柱をたてた非常に堅固な二階建ての建物の地下に木樋や銅の管を配置して水時計を動かす水を取り込んでいる。一階には水時計、二階には都中に時を告げる鐘や時刻の補正をするための天文観測の装置が置かれていたのだろう。





水時計の構造

飛鳥の水時計は中国の技術を輸入したもので、7世紀の前半に唐で造られた精密な水時計に近いものだったと考えられる。基本的には箭を浮かべた最下段の水槽に一つ上の水槽からサイフォン管を通って水が滴り落ち箭を押し上げる。一つ上の水槽の水位が変われば水圧も変わって滴る水の量も一定ではなくなってしまう。これを防ぐためにさらに上に粋そうをおいて滴った分の水を補充するようにする。いくつかの水槽を重ねて水位の変動をおさえ正確な時を計る構造になっていた。




Expert Data Series 飛鳥の水時計

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