其の四
沼河比売 この八千矛の神さん(大国主)が、高志の国の沼河比売(ぬなかはひめ)に求婚しようとしておいでになったときに、その沼河比売の家に行って歌われたんは 八千矛の 神の命は この歌を聞いて、その沼河比売がまだ家の戸を開けへんと中から歌ったのには 八千矛の 神の命 そうして、その夜は結婚されずに、翌日の夜に結婚されたんや。 また、八千矛の神さんのお后の須勢理毘売の命は、えらい嫉妬なさったんや。それで夫の神さんが困り果てて、出雲から倭の国へお上りになろうとして、身支度して出発される時に、片方の手は馬の鞍にかけて、片方の足は馬の鐙に踏み入れて、歌われたのには ぬばたまの 黒き御衣を そこで、その后は酒杯をお取りになり、立ち寄って差し上げてお歌いになったのには 八千矛の 神の命や あが大国主 このようにお歌いになって、すぐそのまま固めの盃を交わして、首に手をかけあって、現在まで鎮まっておいでになるんや。これらの歌を神語ていうんやで。 さて、この大国主の神さんが胸形の奥つ宮においでになる多紀理毘売の命を嫁はんにしてお生みになった子は、阿遅鋤高日子根(あぢすきたかひこね)の神さんや。その次に妹の高比売(たかひめ)の命。この神さんの亦の名は下光比売(したでるひめ)の命や。この阿遅鋤高日子の神さんは、今は迦毛(かも)の大御神ていう。 大国主の神さんがまた、神屋楯比売(かむやたてひめ)の命を嫁はんにして、お生みになった子は事代主(ことしろぬし)の神さんや。 また、八嶋牟遅(やしまむぢ)の神の娘、鳥取(ととり)の神さんを嫁はんにしてお生みになった子は、鳥鳴海(とりなるみ)の神さんや。 この鳥鳴海の神さんが、日名照額田毘道男伊許知邇(ひなてるぬかたびちをいこちに)の神さんを嫁はんにしてお生みになった子は、国忍富(くにおしとみ)の神さんや。 この国忍富の神さんが、葦那陀迦(あしなだか)の神さん、亦の名は八河江比売(やがはえひめ)を嫁はんにしてお生みになった子は、速甕之多気佐波夜遅奴美(はやみかのたけさはやぢぬみ)の神さんやで。 この速甕之神さんが、天之甕主(あめのみかぬし)の神の娘、前玉比売(さきたまひめ)を嫁はんにしてお生みになった子は、甕主日子(みかぬしひこ)の神さんや。 この甕主日子の神さんが、淤加美の神さんの娘、比那良志比売(ひならしびめ)を嫁はんにしてお生みになった子は、多比理岐志麻流美(たひりきしまるみ)の神さんや。 この多比理神が、比々羅木之其花麻豆美(ひひらぎのそのはなまづみ)の神さんの娘、活玉前玉比売(いくたまさきたまひめ)の神さんを嫁はんにしてお生みになった子は、美呂浪(みろなみ)の神さんやな。 この美呂浪の神さんが、敷山主(しきやまぬし)の神さんの娘、青沼馬沼押比売(あをぬうまぬおしひめ)を嫁はんにしてお生みになった子は、布忍富鳥鳴海(ぬのおしとみとりなるみ)の神さんや。 この布忍富神が、若尽女(わかつくしめ)の神さんを嫁はんにしてお生みになった子は、天の日腹の大科度美(あめのひばらのおほしなどみ)の神さんや。 この大科度美神が、天の狭霧の神さんの娘、遠津待根(とほつまちね)の神さんを嫁はんにしてお生みになった子は、遠津山岬多良斯(とほつやまさきたらし)の神さんや。 右の文中の八嶋士奴美の神さんより下、遠津山岬帯の神さんより前を十七世の神ていうんや。 さて、大国主の神さんが出雲の御大の御前においでになるときに、波頭を伝って天の蔓芋を割った船に乗って、蛾の皮を丸剥ぎに剥いで着物にして、近寄ってくる神さんがいたんや。 それで、名前を問いただされたんやけど答えへん。従ってる一同の神さんたちに問いただされたけど、みんな「知らんで」と答えたんや。ところが、ひきがえるが申し上げたのには そこで〔大国主神が〕神産巣日の神さんに申し上げたところ、 それで、その仰せ以来、大穴牟遅〔大国主〕と少名毘古那と、二柱の神さんは協力し並んで、この〔葦原の中つ〕国を作り堅められたんや。その後は、その少名毘古那の神さんは常世の国にお渡りになったんやで。 さて、その少名毘古那の神さんのことを申し上げたあの久延毘古は、今では山田の曾富騰(やまだのそほど)ていう。この神さんは、歩くことはできへんけど、すっかり天下のことを知ってる神さんなんや。 そこで大国主の神さんが、困って仰せられた。 この時に、海を照らして近づいてくる神さんがおった。その神さんのおっしゃるには これを聞いて、大国主の神さんは この神さんは、御諸山の上にご鎮座の神さんや。 さて、大年の神さんが神活須毘(かむいくすび)の神さんの娘、伊怒比売(いのひめ)を嫁はんにしてお生みになった子は、大国御魂(おほくにみたま)の神さんや。次に韓(から)の神さん。次に曾富理(そほり)の神さんで、次に白日(しらひ)の神さん、次に聖(ひじり)の神さんやで。 また〔大年の神が〕香用比売(かぐよひめ)を嫁はんにしてお生みになった子は、大香山戸臣(おほかぐやまとみ)の神さんで、次に御年(みとし)の神さんや。 また〔大年の神が〕天知迦流美豆比売(あまちかるみづひめ)を嫁はんにしてお生みになった子は、奥津日子(おきつひこ)の神さん、次に奥津比売(おきつひめ)の命や。亦の名は大戸比売(おほへひめ)の神さんや。 上の文中の、大年の神さんの子の大国御魂の神さんより下、大土の神さんより前を合わせて十六柱の神さんらや。 羽山戸の神さんが、大気都比売の神さんを嫁はんにしてお生みになった子は、若山咋(わかやまくひ)の神さんで、次に若年(わかとし)の神さんや。次にその妹若沙那売(わかさなめ)の神さん、次に弥豆麻岐(みづまき)の神さん、その次に夏高津日(なつたかつひ)の神さんや。その亦の名は夏之売(なつのめ)の神さんていう。次に秋毘売(あきびめ)の神さん、次に久々年(くくとし)の神さん、その次に久々紀若室葛根(くくきわかむろつなね)の神さんやで。 上の文中の、羽山の神さんの子より下、若室葛根の神さんより前を合わせて八柱の神さんらや。 |