其の三

八俣の大蛇

速須佐之男の命は高天の原から追放されて、出雲の国の肥の河上、名前は鳥髪ていうところへ天降りされたんや。この時に、箸がその斐伊川を流れ下りてきたんやな。そこで速須佐之男の命は、人がその上流に住んでるんやなとお思いになって、尋ねて上っていったら、老夫と老女が2人いて、童女を中に置いて泣いてたんや。

須佐之男の命は尋ねられた。
「お前ら、誰やねん」

そこで、その老夫は答えて
「私は、国つ神の大山津見の神の子です。名前は足名椎(あしなづち)ていいまして、嫁はんは手名椎(てなづち)ていいます。娘の名前は櫛名田比売(くしなだひめ)ていいます」

また、尋ねられた。
「お前の泣いてるわけは何や」

老夫は答えて
「私の娘はもとは八人いましたが、それを高志の八俣の大蛇が毎年やってきて食べてしまうんです。今、またそいつが来ようていう時なので泣いてますねん」

「どんな形してんねん」
「その目は赤いほおずきみたいで、一つの胴体に八つの頭と八つの尾がありますのや。またその体に蘿と檜と椙が生えとって、その長さは谷八つ、峡八つにわたってるし、その腹を見たらいつも血に爛れてますねん」

そこで須佐之男の命は老夫に仰せられた。
「このおまえの娘は、わしにくれるか?」
「恐れ多いことです。しかしお名前を知りません」
「わしは、天照大御神の同母弟や。それで今、天から降ってきたんや」

それで、足名椎・手名椎の神は
「それやったら恐れ多いことです。娘をさし上げましょう」
と申し上げたんや。

こうして須佐之男の命は、神聖な櫛の形にその童女を変身させて、みづらに刺して足名椎・手名椎の神に仰せになった。
「お前らは、濃い酒を醸して、また垣を作って廻らして、その垣に八つの入り口を作って、入り口ごとに八つの桟敷を作れ。その桟敷ごとに酒の器を置いて、器にその濃い酒を持って待っとけ」

そこで、仰せのとおりにそのように準備して待っている時に、八俣の大蛇がホンマに言うたとおりに来たんや。たちまち大蛇は酒の器ごとにそれぞれの頭を入れて、その酒を飲んだ。そうして酔っ払ってとどまって、伏して寝てしもうた。
それで須佐之男の命は佩いている十拳の剣を抜いて、その大蛇を切ってばらばらにされたので、肥の河は血になって流れたんや。そして大蛇の中の尾を切られた時に、剣の刃が欠けた。それで不思議やなぁと思われて、剣の先で割いてご覧になると、剣があったんや。そこでこの剣を取って、特別な物やと思われて、天照大御神に申し上げて献上したんやで。これが草薙の剣や。


八雲立つ

こういう次第で、その須佐之男の命は、宮を作るべきところを出雲の国にお求めになったんや。そして須賀の地においでになって
「わしはここに来て、心がさわやかやぞ」
と仰せになって、そこに宮をお作りになった。それでそこは今でも須賀ていうんや。

須佐之男の命が最初に須賀の宮をお作りになった時に、その地から雲が立ちのぼったんや。
それで歌をお作りになった。その歌はこうや。

八雲立つ 出雲八重垣
妻籠みに 八重垣作る その八重垣を

こうして須佐之男の命は足名椎の神をお呼びになって、
「おまえさんは、わしの宮の首長に任命するで」
と仰せになった。
また、名前を与えて稲田の宮主須賀之八耳(いなだのみやぬしすがのやつみみ)の神とおつけになったんや。


須佐之男から大国主へ

そこで須佐之男の命が櫛名田比売と婚姻して、奥所でコトを始めてお生みになった神さんの名前は八嶋士奴美(やしまじぬみ)の神さんや。また、大山津見の神の娘の神大市比売(かむおほちひめ)を妻にしてお生みになった子は、大年(おほとし)の神さんで、次に宇迦之御霊(うかのみたま)の神さんや。

兄八嶋士奴美の神が、大山津見の神の娘の木花知流比売(このはなちるひめ)を妻にしてお生みになった子は、布波能母遅久奴須奴(ふはのもぢくぬすぬ)の神さんや。この神さんが、淤迦美(おかみ)の神さんの娘の、日河比売(ひかはひめ)を妻にしてお生みになった子は深淵之水夜礼花(ふかふちのみづやれはな)の神さんやな。この神さんが、天之都度閇知泥(あめのつどへちね)の神さんを妻にしてお生みになった子は、淤美豆怒(おみづぬ)の神さんや。この神さんが、布怒豆怒(ふのづの)の神さんの娘の、名前は布帝耳(ふてみみ)の神さんを妻にしてお生みになった子は、天之冬衣(あめのふゆきぬ)の神さんや。
この神さんが刺国大(さしくにおほ)の神さんの娘の、刺国若比売(さしくにわかひめ)を妻にしてお生みになった子は、大国主(おほくにぬし)の神さんやで。その神さんのまたの名は、大穴牟遅(おほあなむぢ)の神さんていうて、そのまたの名は葦原の色許男(あしはらのしこを)の神さんで、そのまたの名は八千矛(やちほこ)の神さんで、そのまたの名は宇都志国玉(うつしくにたま)の神さんていうて、合計五つの名前があるんや。


因幡の素兎

この大国主の神の兄弟は、いっぱいおったんや。せやけど、みんなは国を大国主の神に譲ったんや。その譲ったわけはこうや。大勢の兄弟神がそれぞれ因幡(稲羽)の八上比売(やかみひめ)に求婚しようていう考えで、一緒に因幡に行くときに、大穴牟遅の神さん(大国主)に袋を負わせて、従者として連れて行ったんや。

さて、気多の岬にやってきた時に、裸の菟(うさぎ)が伏せってたんや。そこで大勢の神さんはその菟に言うた。
「お前の体を治すにはな、この海水を浴びて風の福のに当たって、高い山の峰の上に寝てたらええで」

そこで菟は、大勢の神さんの教えるとおりに寝とった。すると、その海水の乾くのにつれて体の皮膚がすっかり風にさらされてひび割れたんや。それで痛くて泣き伏せってたら、最後にいらっしゃった大穴牟遅の神さんがその菟を見ておっしゃった。
「なんでお前は泣き伏せってんねん」

菟は答えて言うたんや。
「私は隠岐島におりまして、この地に渡ろうと思てたんですけど、渡る手段がなかったもんですから海の鮫をだまして言いましてん。
『わしとお前と競争や、同族の数の多い少ないを数えるで。それで、お前は自分の同族のありったけを全部連れて来て、隠岐島から気多の岬にみんなずらっと並んで伏せとけや。そしたらわしがその上を踏んで飛びもて数えて渡ったろ。こうしたら、わしの同族とお前のと、どっちが多いかわかるやろ』
こないに言うたんで、鮫がだまされて並んで伏せてた時に、わしがその上を踏んで数えもて渡ってきて、今この地に下りようっちゅう時にわしは言うてしもたんです。
『お前はわしにだまされたんじゃー』
言い終えるやいなや、いちばん端に伏せとった鮫がわしを捕まえて、すっかりわしの着物を剥いでしまいました。こういうわけで、泣いて悲しんどったら、先に行った大勢の神さんが
『海水を浴びて、風に吹かれて伏せとけ』
てお教えになったんです。そこで、教えられたとおりにしましたら、体がすっかり傷ついてしまいました」

そこで大穴牟遅の神さんは、菟に教えて仰せになったんや。
「今すぐにこの河口に行って、淡水でお前の体を洗ってそのままその河口の蒲の花粉を取って、敷き散らしてその上に転びまわったら、体はもとの膚みたいに必ず治るやろう」

そこで、教えのとおりにすると体は元に戻ったんや。これが因幡の素菟や。今は菟神(うさぎかみ)ていう。そしてその菟は大穴牟遅の神さんに申し上げたんや。
「大勢の神さんたちは、きっと八上比売を得ることはできんでしょう。袋を背負われてても、あなた様が得るでしょう」


受難

さて、八上比売は大勢の神さんに答えました。
「うち、あんたらの言うことは聞かん。大穴牟遅の神さんに嫁ぐわ」

それを聞いて大勢の神さんは怒って、大穴牟遅の神さんを殺そうと一緒に相談して、伯岐の国の手間の山のふもとに着いて言うたんや。
「赤い猪が、この手間の山におるんや。せやから、わしらが一緒に追うて下すさかいに、お前は捕まえろ。もし待って捕まえんかったら、絶対お前殺したるで」

そう言うて、火で猪に似た大きな石を焼いて転がし落としたんや。そこで追い下したんを取ろうていうときに、たちまちその石に焼きつかれて死んでしもた。

それを見て、その母の神(刺国若比売)が泣き悲しんで天に参って上り、神産巣日の神さんの指示を仰がれた時に、すぐに貝比売(きさがひひめ)蛤貝比売(うむがひひめ)とを遣わして、治療して蘇生させなさったんや。その時に、貝比売は貝の粉をこそげ集めて、蛤貝比売はこれを待ち受けて、母の乳汁として塗ったら、立派な男性になって出歩くようになったんや。

さて、それを大勢の神さんは見て、また欺いて山に連れて入って、大きな樹を切り伏せて楔を打ち込んでおいて、その割れ目に入らせたとたんに、その楔を引きぬいて打ち殺してしもた。

そこで、また母の神が泣きもて捜したところ、見つけ出してすぐにその木を裂いて取り出し、蘇生させて大穴牟遅の神さんに仰せられたんや。
「お前は、ここにおったらしまいに大勢の神に殺されてしまうやろう」

そう言うて、すぐに紀伊国の大屋毘古の神さんのもとへ逃がしてやりました。これを知って、大勢の神さんは捜し追いついて、矢をつがえて乞う時に、木の俣からくぐりぬけて逃がして言うたんや。
「須佐之男の命のおられる、根の堅州国へお出でなさい。きっと謀って下さるやろう」


根の堅州国

そこで、お言葉どおりに大穴牟遅の神さんは須佐之男の命のもとに参上すると、その娘の須勢理毘売(すせりびめ)が出てきて見て、情を通じ合って結婚され、戻ってその父に申し上げて言うたんやな。

「えらい立派な神さんが来てますよ」
そこで大神(須佐之男の命)は外に出て見て、
「これは葦原の色許男の命やな」
と仰せになって、すぐに呼び入れて、その蛇の室に寝させたんや。

そこで妻の須勢理毘売の命は、蛇の領巾を夫に与えて言うた。
「その蛇が噛みつこうとしたら、この領巾を三度振って、打ちはらいなさい」
そこで教えどおりにしたので、蛇は当然静かになったんや。それで安らかに寝て室から出たんや。

翌日の夜は、むかでと蜂の室に入れらた。それでまた、むかでと蜂の領巾を与えて前のように教えたさかい、安らかに寝て室から出た。

また、須佐之男の命は鏑矢を野原に射入れて、その矢を採らせた。色許男の命が野原に入る時に、すぐに火でその野を回りから焼いたんや。それで出るところが分からん間に、鼠が来て
「内はほらほら、外はすぶすぶ」
とこう言うんで、そこを踏んだところ穴に落ちて、隠れてる間に火は焼け過ぎてしもた。
そしてその鼠は、鏑矢をくわえ持って出てきて奉ったんや。矢の羽は、鼠の子供らがみんな食ってしもうてた。

さて、妻の須勢理毘売は葬式の道具を持って泣きながら来て、その父の大神は、もはや色許男の命が死んだと思てその野に出てお立ちになったんや。せやけど色許男の命が脱出して、その矢を持って奉った時に、家に連れて入って大きな室に呼び入れて、自分の頭のしらみをお取らせになった。そこで頭を見たら、むかでがいっぱいおった。それで須勢理毘売は、椋の木の実と赤土とを取って、夫に与えたんや。それで、その木の実を食い破り、赤土を口に含んで吐き出したら、大神は、色許男のやつ、むかでを食い破って吐き出しとるわ、いとしいやっちゃと思て、お眠りになったんや。

そこで色許男の命は大神の髪をつかんで、その室の垂木ごとに結いつけて、大きな岩を室の戸口にふさいで、妻の須勢理毘売を背負うやいなや、大神の生大刀と生弓矢と、天の沼琴を持って逃げ出される時に、その天の沼琴が樹に触れて鳴ってしもた。それで、眠っとった大神が音を聞いて驚いて目を覚まして、その室を引き倒してしもたんや。せやけど垂木に結わえられた髪を解いてる間に、遠くに逃げて行った。

そこで大神は黄泉つひら坂で追いついて、はるか遠くを見て大声で叫んで、大穴牟遅の神さんに仰せになったんや。
「そのお前が持っとる生大刀と生弓矢をもって、お前の兄弟は山坂の裾に追い伏せて、また河の瀬に追い払うて、おのれは大国主の神になって、また宇都志国玉の神になって、そのわしの娘、須勢理毘売を正妻にして、宇迦の山のふもとの岩の根に宮柱をしっかり立てて、高天の原に千木を高う上げて住めや、このどあほうめ」

そうして、その大刀と弓をもって、大勢の神さんを追うてしりぞける時に、坂のすそごとに追い伏せて、河の瀬ごとに追い払うて、初めて国をお作りになられたんや。

さて、例の八上比売は先の約束どおり結婚された。その八上比売は、子供を連れて来られたんやけど、正妻の須勢理毘売を恐れて、生んだ子供を木の俣にさし挟んで帰ってしもた。それでその子を名づけて木俣(きまた)の神ていうて、またの名を御井(みゐ)の神ていうんや。


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