「メルヒェン」
「桃太郎ってN県人だったのォ〜?知らんかった。」
って、私も「桃太郎の出生地」の看板見るまで知りませんでした。
お爺さんはどこの山まで柴を刈りに行っていたのでしょうか?盆地の真ん中なのに‥‥。S貴山?K城山?K剛山?‥‥めっちゃ遠いやん(汗)それに、お婆さんの洗濯に行ってた川って、まさかY和川?‥‥危ないで、それ。増水してたら流されるで‥‥。
「かぐや姫ってK都人だと思ってた〜。」
私も昔はそう思ってました‥‥何となく。あれって、いつの時代の話なのでしょうか?もし平安時代なら、皆さんナンパの為に遠い道のりを遥々やって来て、無駄足を踏まされた訳ですね、お気の毒に。
あと、描けませんでしたが、役小角なんかもかなり有名ですね。
どちらかと言うと「神話の国」のイメージのN県の、意外な一面を紹介させて頂きました。
メルヒェンの国、N県に遊びに来ませんか?
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初出;2003年2月19日
件の「桃太郎の出生地」の前はよく通るのですが、最初見た時、びっくりしました。
何でも、桃太郎のモデルになった吉備津彦命の父君が孝霊天皇といい、その宮の跡だそうです。鬼退治と言うのも、元は倭建命のクマソ退治に近いもののようです。これは記紀にも載っているそうです。
かぐや姫の方は、5人の求婚者と言うのが壬申の乱の頃の人だそうで、そこから判断しているそうです。従って、「竹取物語」の都とは、明日香か藤原京をさすそうです。
垂仁天皇の妃のなかに「かぐやひめ」がいたとかあるそうですが、5人の求婚者とは時代が違うので、その人をモデルに書かれたのでしょうか?
ちなみに垂仁天皇というのは、殉死を禁じたり、「ときじくのかくの木の実」を探させた天皇です。お墓は結構目立つ所にありますよ。
上のコメント書いた時は、かなり半信半疑だったのですが、根拠があっての事の様です。すみません。
なお、これらの伝説について詳しく知りたい方は、
田原本町観光協会事務局HPが詳しいです。
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