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物語は、北宋は真宗皇帝の御代に始まる。
ある日、朝議を終えられた真宗皇帝は、宮中の御花園に来られて、李妃、劉妃の御二方と金色に輝く秋の景色を御覧になっていた。
真宗は「玉宸宮李妃」「金華宮劉妃」とそれぞれの名を刻んだ二つの金丸持っており、竜の刺繍の袱紗と共に両妃に与え、仰った。
「皇后は早逝したが、喜ばしき事に汝らは懐妊しておる。先に太子を生んだ方を、皇后に立てる事にしよう。」
劉妃と云う方は心根が良ろしくなく、長い間、その胸中に嫉妬心を抱いていた。劉妃は、李妃の方が先に太子を生んで皇后に立てられてしまう事が何より恐かった。
劉妃は金華宮に帰ると、総管都堂の郭槐と、李妃を陥れるべく策略を練った。
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劉妃の命令を受けた郭槐は、産婆の尤氏を探し、李妃を陥れる方法を秘かに相談した。尤氏は「かくかくしかじかではどうでしょうか?」と計画を話し聞かせた。郭槐は大層喜んだ。
「妙案!妙案!事が上手く運んだその時には、お前に十二分の栄華富貴が与えられるであろう。」
光陰矢の如し、数カ月があっという間に過ぎた。ある日、真宗が玉宸宮に李妃を見舞っていると、李妃は陣痛が来たのか眉を顰めている。
真宗は李妃の出産が始まったと知り、急ぎ劉妃に産婆を呼んで出産を見守るように言った。
劉妃は先に玉宸宮へ行った。郭槐は急いで尤氏を探し、二人で陰謀の手筈を整えると、蓋付きの大きな竹籠を持ち、大慌てで玉宸宮へと赴いた。
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二人が玉宸宮に着いた丁度その時、李妃は男児を生み、貧血を起こして気を失っていた。劉妃、郭槐と尤氏はそのどさくさに紛れる事にした。籠の中から取り出したのは生皮を剥がした猫、それを李妃の傍らに置いた。
そして李妃が生んだばかりの赤子を、其処にあった竜袱で包んで竹籠に入れた。それから劉妃は、腹心の女官の寇珠に、竹籠を銷金亭に持って行き、赤子をスカート(裙)の紐で首を締めて殺した後、金水橋から投げ捨てて来るように言い付けた。
寇珠は正直な人柄であるので、この有様を見て、内心驚き呆れた。
「お上は今迄後継ぎに恵まれず、ようやく李妃に太子が授かったと云うのに、不運にも奸妃の計略に懸かってしまわれた。太子を殺してしまえば、私の良心はないも同然ね。いっそ、太子と一緒に河へ飛び込んだ方がマシだわ。」
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寇珠が銷金亭に着き、竹籠から太子を出して抱いていると、向こうから、皇帝の命によって御花園に果物を採りに来た太監の陳林がやって来た。
「これで太子は救われる!」
寇珠は嬉しく思い、陳林に事の起こりやあらましを一通り話し、助けて欲しいと懇願した。証拠の竜袱をも見た陳林は、果物を入れる宮盒のなかに太子を隠した。
陳林は危険を覚悟の上で宮盒を捧げ持ち、禁門迄来た。そこを郭槐に立ち塞がれ、尋ねられた。
「何処へ行くのだ?劉妃様が直々に、お前に尋ねたい事があるそうだ。」
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陳林は郭槐の後ろに附いて劉妃の前迄来た。劉妃は尋ねた。
「陳林、お前、この盒を持って何処へ行くのかえ?中には何が入っているのじゃ?有り体に申してみよ。」
最早死をも恐れていない陳林は、落ち着き払って答えた。
「私めは天子様の命に従い、南清宮の八大王様のお祝いの為に、御花園に果物を採りに行って参りました。劉妃様が御不審に思われるのでしたら、どうぞ、皇封を剥がして、調べて見られるがよろしいでしょう。」
劉妃は暫し考え、言った。
「相解った。下がるがよい。」
陳林が立ち上がり、盒を手に後ろを向こうとした途端、劉妃の呼ぶ声がした。
「お戻り!」
仕方なく陳林は戻った。劉妃はもう一度陳林を上から下迄眺めたが、おかしな素振りもなく、疑う理由もない様だった。
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陳林は慌ただしく禁門を出ると、真直ぐ南清宮に進んだ。八千歳に目通りすると、陳林は跪いて、大声で哭き始めた。
何か子細があるのだと覚った八千歳は、左右の者を下がらせると、陳林に訳を問うた。陳林は盒を開け、太子を抱き上げた。太子は「あー」と声をあげると、苦しみを訴えるかの如くに泣き続けた。
事の次第が判ると、八千歳は急いで太子を抱いて奥へ行き、狄妃と相談して、当面の間は太子を南清宮で育てる事にし、朝廷の方の手筈が、すべて整う迄待つ事にした。
陳林は八千歳に暇乞いすると、朝廷に戻って、お祝いの品を届けたと報告した。
その時、李妃が魔物を生んだ事を、劉妃が天子に奏上していた。真宗は大いに怒り、李妃を降格して冷宮に送り、劉妃に貴妃の位を授けると詔勅を発した。
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劉妃は心から喜んで、内密に郭槐と尤氏に褒美を与えた。やがて、月満ちて臨月となり、劉妃は太子を出産した。真宗は大いに喜び、直ちに劉妃を正宮に立てると、それを天下に公布した。
六年が過ぎ、劉后の生んだ太子は病を得て、一命を落としてしまった。真宗は我が身も絶えよと嘆き悲しんだ。
皇上が朝議に姿を見せないので、八千歳は見舞いに参内した。真宗は閑談の内に、八千歳の三公子が亡くなった太子と丁度同じ様な年齢だと知り、是非会いたいと宮中に呼ぶよう求めた。
公子が宮中に参内したのを見ると、その容貌が驚く程自分に似ているので、真宗は思いがけず喜び、病さえ治ってしまった。そして、直ちに三公子を空位であった太子とし、東宮に封じた。
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劉后は、太子の容貌が余りにも天子に似ているので、内心で訝しんでいると、ふと六年前の事が思い出された。思えば思う程に疑わしく、寇珠を呼ぶと、厳しく責め立てたが、寇珠の答は最初から一字として変わりはしない。
劉后はまた陳林を呼び出すと、言葉に違いはないか、対峙させる事にした。思うに、
「これは『毒でもって毒を制す』で、陳林に寇珠を拷問させよう。二人が秘密を共有しているとて、一人が苦しめられれば、黙っている事も出来まい。」
寇珠は覚悟を決めていたので、打たれて身体中に傷を負っていたが、言葉を変えはしなかった。二進も三進も行かなくなっているその時、皇帝から陳林を召す命が下った。
寇珠は陳林が出て行くと、劉后がそれでも自分を不問に処したりは決してしないだろうと考え、ならば死んで決着をつけようと、駆け出し、頭から柱にぶつかって自らの命を絶った。
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女官を責め殺してしまった劉后は、追求するのを諦めた。冷宮の李妃を訪れて、何とか死地に送り込めはしないか、内密に郭槐と相談した。
さて、冷宮総官の秦鳳は、陳林から新しい太子の出生について知らされており、今度の事を李妃に知らせた。李妃は聞くなり気を取り直した。その喜びはとても口では言い表せず、毎晩、香を焚いて、太子の平安を祈った。
劉后はその事を知ると、皇上に、李妃は不満に思って、毎夜香を焚いて天子を呪詛していると誣告した。真宗は聞くなり激怒し、七尺の白い綾絹を渡して、李妃に自尽を命じるよう伝えた。
その知らせを先に冷宮に伝えた人があった。秦鳳が慌てて李妃に知らせると、それを聞くなり、李妃は気を失ってしまった。
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秦鳳が慌てていると、女中の余忠が急いで駆けて来た。
「すぐに李妃様の衣服を脱がせて、それを私めに着せて下さいな、私が李妃様の身代わりになります。」
そう言うと、自分の衣服を脱ぎ、傍らに置いた。秦鳳は余忠の忠烈な様を見、決心して、気が付いたばかりの李妃に、着替えを促さざるを得なかった。李妃もやむを得ず服を脱いで、余忠の物と取替えると、泣きながら言った。
「お二人は本当に私の大恩人です。」
秦鳳は間違いのない様に、急いで李妃を下房に移すと、余忠が病気で臥せっている風を装った。万事準備が整った所に、皇帝の命が届き、孟彩嬪が見届け役として遣わされた。秦鳳が出迎え、彩嬪を偏殿に案内すると、其処で待たせた。
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程なく、下男がやって来た。
「李妃様は亡くなられました。彩嬪様どうぞ御確認を。」
この孟彩嬪は李妃の恩徳を常々懐かしく思っていたので、疾うから涙が溢れて、近くでじっくり見られよう筈もない。
「確かに御報告致しましょう。」
と言う事になった。
「李妃」の埋葬の儀の後、秦鳳は「病気」で暇を出された「余忠」を宮中より出させ、腹心の者に陳州の家まで送らせた。
それからの秦鳳は、李妃の安否と余忠の健気な死を思っては心を傷める日々を送っていた。ある夜、一人で冷宮に詰めていると、突然四方から火が起こった。秦鳳は邪魔な自分を始末する為の郭槐が謀ったのだと悟った。失火の罪からも免れ得ないだろうと考えると、大火の中に身を踊らせた‥‥。
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何年かが過ぎ、真宗が崩御し、東宮守欠太子が皇位を継承し、仁宗皇帝と呼ばれる方になった。仁宗は劉后を太后に封じ、氏を皇后に立て、郭槐を総管都堂に封じ、国丈(皇后の父)となったが太師に加封された。
仁宗は幼少の頃より苦労を重ねており、若年ではあったがその志は勇壮である。先帝の元老や輔弼の働きもあり、賢人を招き才能あるを受け入れ、進言に耳を傾け、政道は有能な人材により滞りなく行われた。
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