大津皇子と万葉集


あしびきの山の雫に妹待つと
われ立ち濡れぬ山の雫に(2-107)
(いとしいおまえが来るのを待っていると、
山からの雫にこんなに濡れてしまった)

我を待つと君が濡れけむあしびきの
山の雫にならましものを(2-108)(石川郎女)
(私を待つためにあなたが濡れたというその雫に私はなりたかった)

 これは大津と石川郎女との相聞歌である。石川郎女への草壁の歌もあるので、
一人の女性をめぐっても大津と草壁は競い合っていたようである。

おほぶねの津守が占に宣らむとは
まさしに知りて、我が二人寝し(2-109)
(津守の占いに出るだろうということを知りながら、二人一緒になったのだ)

経もなく緯もさだめず、処女らが
織れる紅葉に霜な降りそね(8-1512)
(縦糸もなく、横糸も定めず、処女らが
織ったような紅葉に霜よ、降ってくれるな)

ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を
今日のみ見てや雲隠れなむ(3-416)
(これまで盤余の池で鳴いている鴨を見てきたが今日を限りに死んでいく)


大津皇子と懐風藻(漢詩)


★春苑ここに宴す 春苑言宴
衿を開いて霊沼に臨み    開衿臨霊沼(ゆったりと池のほとりでくつろぎ)
目を遊ばせて金苑に歩す   遊目歩金苑(景色を眺めながら苑を散歩する)
澄清苔水深く        澄清苔水深(澄んだ水は清く深い)
庵曖霞峰遠し         庵曖霞峰遠(連峰は霞にかすんで遠い)
驚波絃とともに響き     驚波共絃響(波は絃の音と共に響き)
哢鳥風とともに聞ゆ     哢鳥与風聞(鳥の声は風に乗って聞こえてくる)
群公倒に載せて帰る     群公倒載帰(酔ったものを乗せて帰る)
彭沢の宴たれか論ぜん    彭沢宴誰論(淵明の宴を誰が論じるだろう)

★朝猟 朝猟
朝に三能の士を択び    朝択三能士(朝には三能の士を選び)
暮に万騎の延を開く    暮開万騎延(暮れには万騎と酒宴を開く)
臠を喫してともに豁たり  喫臠倶豁矣(肉を食べのびのびとする)
盞を傾けてともに陶然たり 傾盞共陶然(蓋を傾けて酔っている)
月弓 谷裏に輝き     月弓輝谷裏(弓は谷間に光り)
雲旌 嶺前に張る     雲旌張嶺前(旗が嶺の前に張ってある)
曦光 すでに山に隠る   曦光已隠山(日の光はすでに山に隠れた)
壮士 しばらく留連す   壮士且留連(壮士たちはしばらく留まった)

★志を述ぶ  述志
天紙風筆 雲鶴を画き 天紙風筆画雲鶴(天の紙に風の筆で雲鶴を描き)
山機霜杼 葉錦を織る 山機霜杼織葉錦(山の織機で紅葉の錦を織る)

作者大津の人柄や考えにスケールの大きさを感じる。
この後に後人が付けた句もある。

★臨終             臨終
金鳥 西舎に臨み     金鳥臨西舎(太陽は西に傾き)
鼓声 短命を促す    鼓声催短命(鐘の音に短い命を意識する)
泉路 賓主無し     泉路無賓主(黄泉の道に行くのは一人)
この夕 誰が家に向かふ 此夕誰家向(どこへ行こうとするのか)

(注:一部略字を使っています)



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更新日:2002年10月6日