どれも弟大津を思う歌ばかりで正史 が記さない人間大伯の心情が伝わってくる。 (あなたが都に帰るのを夜更けから見送っていると 明け方の露に濡れてしまった) (二人で行っても難しいという秋の山を あなたはどうやって越えているのでしょう) この二首は、大津が伊勢に訪ねてきて、一緒に一晩過ごした のち、 大伯が弟を送り出したときの歌だと思われる。 説明書きには「ひそかに」大伯を訪ねたと書かれている。 そのとおり、伊勢斎宮は男子禁制なのだが大伯は喜んで 弟を迎えたことだろう。 大津の都・飛鳥での話は尽きること がなかっただろうと思われる。 大伯はひたすら弟大津の 身のことを想っていることが歌から伝わってくる。 (こんなことなら伊勢の国にいたのに。どうして都に帰ってきてしまったのだろう。 あなたがいるわけでもないのに) (逢いたいと思うあなたがいるわけでもないのに どうして帰ってきてしまったのだろう。 馬が疲れるだけなのに) (この世に生きている私は明日からは二上山を弟と思って見よう) (岩の辺りに生えている馬酔木を折ってみたが 見せたいあなたが生きているわけではないのだ) これら四首は大津刑死後の歌であろう。 大津のいない都 飛鳥に伊勢から還る大伯の寂しさが伝わってくる。 165番歌には大津皇子が移葬されたという説明書きが あり、 この歌によって大津皇子の墓が二上山にあったと 分かるのである。 |