人間がいつ頃から烏の翼をつけたり、風のようにただ身体の重さをなくして、空中を飛びまわることを夢見始めたのか、確かなことは分らない。
死後の世界あるいは神々の国と、鳥の姿とを結びつけて考えるようになった時期も、歴史の記録以前からというしかない。
しかし、世界中どの土地どの時代の民族の神話でも、神々の住処の大方は空にあり、空中に住む以上、地上の人間たちに姿を見せる際、神々は空を飛ばないわけにはいかなかったのだろう。
|
図1 旧石器時代の洞窟画
|
今から何千年も前にピラミッドに描かれたエジプト人の死後の魂は、すでに人間の顔をもった鳥として表現されている。人々がまだ石の道具を使い、農耕も獣を飼うことも知らなかった、何万年も前の旧石器時代にさえこのような観念があったことを示す、かすかな証拠もある。図1はフランスのラスコーの洞窟壁画なのだが、槍に貫かれて血を流す野牛と人の姿と鳥のついた棒のようなものが、一組になって描かれている。これを犠牲の野牛と死人と葬儀用の鳥形と考える人、トランス状態の呪術使とシャーマンの杖とを表しているという人、いろいろな見方はあっても、これが空を飛ぶ鳥とあの世あるいは呪術との、古くからのつながりを示していることは、まず間違いないだろう。
|
この章ではインドで生まれた飛天の誕生の背景や、東方への飛行の様子について、解説するというよりは、読者のそれぞれが想像を広げていく手掛りになりそうな事柄をいくつか紹介してみたいと思う。
|