冬の明日香路


〜難波・おんだ祭り〜

(2004/1/31・2/1)


一年に一度だけ、二月の第一日曜日に「飛鳥坐神社」にて行われる
「御田(おんだ)祭り」に 行ってきました♪

前日1月31日に伊丹空港から大阪に入りました。まず空港バスで阿部野橋(天王寺も同じ)
へ向かいました。そこから地下鉄谷町線で谷町四丁目駅の「難波宮跡」と
「大阪歴史博物館」にまず行きました。
そして四天王寺前夕陽ヶ丘駅にある四天王寺に。 四天王寺から天王寺まで
歩き、天王寺公園内にある大阪市美術館・茶臼山古墳を散策しました。
また、奈良では奈良国立博物館で「七支刀と石上神宮」展、
橿原考古学博物館で 「佐紀古墳群の埴輪」展が行われていました。



難波宮跡


地下鉄谷町線谷町四丁目駅の九番出口を出てすぐの所に
大阪歴史博物館があります。このときは「トルコ三大文明展」
が開催されていましたが、これは東京都美術館で拝見済
なので、ここの目的は常設展です。古代・中世・近代に
分かれています。十階の古代の所は、釆女などの宮廷
に仕えた人たちが人形で再現されており、
古代にタイムトリップしたような気がします♪
展示は大阪難波の歴史です。
特に後期難波京には元正女帝がいたので
かなり興味深かったです!

大阪歴史博物館を出ると道路をはさんで向かい側に
「難波宮跡」があります。大極殿などが石段で再現されて
ある広大な公園になっています。
孝徳天皇の頃の前期難波宮跡と、
聖武天皇の頃の後期難波宮跡があります。
前期は難波長柄豊碕宮跡と考えられています。
後期は、神亀三年(726年)に藤原宇合を責任者
として造営されました。
その後、天平十六年(744年)に皇都と定められます。
聖武天皇が転々と都を変えていた頃のことです。






地下鉄谷町線で移動します。
四天王寺前夕陽ヶ丘駅から徒歩五分ほどで四天王寺が見えてきます。
朱塗りの伽藍があります。

四天王寺の創建は推古天皇元年(593)
と伝えられています。 しかしそれぞれの建物が綺麗なのは、再建されてから四十年ほどしか経っていない
から だそうです。
五重塔の内部には階段がついていて上部まで 登れます。

四天王寺で一番古い建物は江戸時代に作られたという
六時堂です。
昼夜6回 にわたって
諸礼讃をするところから六時礼讃堂の名が
あるとのことです。




おんだ祭り


飛鳥坐神社にて五穀豊穣・子孫繁栄を祈るおんだ祭り。奇祭としても有名です。
毎年二月の第一日曜日に行われます。




朝十時ごろから翁や天狗のお面をかぶった
若者がささらでお尻を叩きにきます。
老若男女構わず容赦なく叩かれます!(>_<)
これは穢れを払うためです。
でも翁や天狗が暴れれば暴れるほど
良い年になると言われています。










まず第一部では、宮司さんによる
五穀豊穣の祈願がなされます。
拝殿の中央に祭壇を設け、献饌ののち
祝詞が奏されます。













次に天狗と翁と牛男による
農耕儀礼が行われます。
翁は農夫の役で畦切りの所作を行います。
そして天狗は牛の手綱を取って
田を鋤く動作をします。
途中牛が壇から落ちたり、さぼったりして
観客を笑わせます。
翁や天狗も思い出したように暴れます。








第二部では天狗とお多福のお面を被った役者さんが
婚礼の儀を行います。
翁が仲介を務め
結婚初夜の儀式が行われます。
「種つけ」の儀式が終わると「ふくの紙」
が群衆に撒かれます
この紙を手に入れられた人は余ほどの
幸運だと言われます。



噂には聞いていてかなり気になっていたおんだ祭り。
一年に一度なので、今年を逃すとまた一年待たないと行けません。
大変なスケジュールでしたが、行くことが出来て良かったです。
実際に早くから行って場所取りが出来たので、一部始終を
とてもよい位置から見ることが出来ました。
思っていたより素朴で原始的な神事でしたが、
それ以上にとても笑わせてくれる、参加していて
一緒に楽しめる面白い行事でもありました。

現在、飛鳥坐神社の宮司さんは八十七代目とのこと。
それだけ脈々と続けられてきた行事なのですね。
その伝統には農民の五穀豊穣・子孫繁栄を願う
真摯な思いが感じられます。
これからもこの神事が文明によって耐えることなく
受け継がれていくことを切に願います。


旅日記に戻る/ 更新日:2004,2,13