-古郷-
asuka

神岳に登りて山部宿禰赤人の作れる歌一首併せて短歌

三諸の神名備山に
五百枝さし 繁に生ひたる つがの木の
いやつぎつぎに
たまかづら 絶ゆることなく
ありつつも 止まず通はむ  
明日香の 旧き京師は
山高み 河とほしろし
春の日は 山し見が欲し
秋の夜は 河しさやけし
朝雲に 鶴は乱れ     
夕霧に 河蝦はさわぐ

見るごとに 哭のみし泣かゆ 古思へば

反歌
飛鳥川 河淀去らず立つ霧の 思い過ぐべき恋にあらなくに

(神の天くだる山に、多くの枝を広げて繁っているツガの木のように ますます次々と、美しいつる草の伸びてやまぬように絶えず通い 続けたいと思う明日香の旧都は、山も高く川も雄大に流れている。春の日には山を見たく思い、秋は夜の川音がさやかである。朝の 雲にかくれて鶴は乱れ飛び、夕べの霧の中に蛙が鳴きしきる。美しい風景を見るにつけても思わず泣けてしまう。都として栄えた昔を思うと)
(明日香川の川淀にいつもこめている川霧のように、私の懐古の情は簡単には忘れ去るような
慕情ではないのだ)

<巻三 雑歌>


明日香宮より藤原宮に遷居りし後に、志貴皇子の作りませる御歌
采女の 袖吹きかへす明日香風 都を遠みいたづらに吹く

(采女の袖を吹きひるがえす明日香の風、今は都も遠く、空しく吹くことよ)
<巻一 雑歌>


和銅三年庚戌の春二月、藤原宮より寧楽宮に遷りましし時に、御輿を長屋の原に停めて古郷を廻望みて作れる歌[一書に云はく、太上天皇の御製といへり]
飛ぶ鳥の 明日香の里を置きて去なば 君があたりは見えずかもあらむ
           〈一に云はく「君があたりを見ずてかもあらむ」〉

(飛ぶ鳥の明日香の里を後にしていったなら、あなたのいるあたりを
目にすることができなくなってしまうだろうか)

<巻一 雑歌>


故郷を思へる
年月もいまだ経なくに 明日香川 瀬々ゆ渡しし石走もなし

(年月もまだそれほど経っていないのに、明日香川の瀬から瀬へと渡した石の橋も今はない)
<巻七 雑歌>